ベトナム中部の世界遺産ホイアンには、200年以上前に建てられた古民家が数多く残されています。黄色い壁の町並みや色鮮やかなランタンで知られるホイアン旧市街ですが、歴史的な建物の内部にも、この土地ならではの特徴があります。そのひとつが、2階の床に設けられた四角い穴です。普段は木製の床板で覆われており、板を取り外すと1階を見下ろせる構造になっています。古い商家の中には、天井付近に滑車が取り付けられ、床の穴と組み合わせて使われてきた建物もあります。
この穴は、川の増水によって建物が浸水する前に、家具や商品などを2階に引き上げるために設けられたものです。ホイアンでは古くから洪水が繰り返されており、川沿いで商売を営む人々は、その環境に合わせて建物を改良してきました。日本橋の近くにあるフーンフンの家や、旧市街の中心部に位置するタンキーの家には、当時の設備や洪水の記録が残されています。こうした古民家を訪れると、かつて国際貿易港として栄えた町の歴史とともに、川と共存してきた住民の暮らしを知ることができます。

ホイアンの古民家と歴史
ホイアンは16世紀から17世紀にかけて国際貿易港として発展し、日本や中国をはじめ、さまざまな国の商人が訪れた町です。当時は絹織物や陶磁器、香辛料などの取引が盛んで、トゥボン川を利用して運ばれてきた商品が町の商家に集められていました。旧市街に残る伝統家屋には、道路に面した間口が狭く、奥行きの長い建物が多く見られます。通り側で商売を営み、奥には住居や倉庫を設ける構造で、建物によっては川側にも出入口がありました。船で運んできた荷物を搬入し、道路側の店先で販売するという、当時の商業活動に合わせた造りです。1999年にユネスコ世界文化遺産に登録されたホイアン旧市街には、こうした貿易港時代の町並みがまとまって保存されています。
日本橋の西側、グエンティミンカイ通りにあるフーンフンの家は、1780年頃に建てられた木造2階建ての商家です。かつては香辛料や絹織物などを扱っており、約80本の木製の柱が建物を支えています。中国風の装飾が施された室内には、日本建築の影響を受けた屋根の構造も見られ、国際貿易港としてさまざまな文化が交わった歴史を伝えています。1階には古い家具や祭壇が残され、2階には荷物を運ぶための四角い穴が設けられています。木造建築が200年以上にわたって保存されてきた背景には、代々の所有者による維持管理に加え、自然環境に合わせて考えられた建物の構造も関係しているのでしょう。

2階の床に穴がある理由
旧市街が位置するのは、トゥボン川の下流域に広がる標高の低い土地です。町の中心部を流れるホアイ川はトゥボン川の水系に属しており、上流域で大雨が降ると、下流にある市街地でも水位が上昇します。特に9月~12月はベトナム中部の雨季に当たり、台風や熱帯低気圧によって大雨が続くことがあります。ホイアンの洪水は、旧市街で降った雨だけが原因ではありません。山間部を含む広い流域から大量の水が集まるため、町ではそれほど強い雨が降っていなくても川の水位が高くなる場合があります。また、河口に近いことから、満潮時には川の水が海に排出される速度が遅くなり、浸水が長引くこともあります。水運を利用した貿易に適した立地が、同時に洪水への備えを必要とする環境でもあったわけです。
かつての住民は、川の増水が始まると、建物の1階に置いてある商品や生活用品を高い場所に移していました。多くの商家は2階建てで、上階は日常生活や商品の保管にも使用されていましたが、水位が上昇した際には家族の避難場所にもなりました。そこで問題になるのが、階段を通らない大きな荷物の運搬です。奥行きの長い建物には急な木製階段も多く、家具や商品を何度も運ぶには時間がかかります。床に穴を設けた理由には、こうした建物内部の事情もありました。開口部の大きさや位置は建物によって異なりますが、もともとの商業活動と増水への備えが、住宅の設計にも反映されていたと考えられます。

滑車を使った洪水対策
木製の床板を取り外して使用する穴には、ロープと滑車を組み合わせた設備が設けられています。上階からロープを下ろし、1階の家具や荷物を固定して引っ張る仕組みで、滑車を使うことで重いものも少ない力で持ち上げられます。階段を利用する場合とは異なり、大きな家具を傾けたり、狭い通路を通したりする必要もありません。家族が協力して荷物を移す際にも役立ち、川の水位が上昇し始めた段階から準備を進められます。建物の上部には丈夫な木製の梁があり、長年にわたってこうした作業が行われてきました。滑車そのものは特別に複雑な装置ではありませんが、古い木造住宅の構造を利用した合理的な方法です。
グエンタイホック通りにあるタンキーの家にも、荷物を2階に運ぶための設備が残されています。1741年に建てられたとされるこの古民家は、道路側と川側の両方に面した細長い建物で、かつては商業活動に利用されていました。グエンタイホック通りから建物の奥に進むと、反対側は川沿いのバックダン通りに通じており、船で運ばれた商品を扱っていた時代の様子をうかがえます。約280年の歴史を持つ建物ですが、室内には今も代々受け継がれてきた家具や調度品が残されています。フーンフンの家と同じく、1階と2階の間に荷物の運搬設備を設けた構造が特徴で、古い建物を保存するだけでなく、暮らしの中で使い続けてきたことにも注目したいところです。

壁に残された洪水の記録
タンキーの家でもうひとつ注目したいのが、過去の洪水で水が到達した高さを記録した壁です。建物の内部には1964年や1999年などの大洪水の水位が示されており、当時の浸水状況を確認できます。特に1964年の洪水は、ホイアンの歴史に残る大規模なもので、1階の天井付近まで水が達したとされています。壁に残された記録は、それぞれの年に川の水がどこまで上昇したのかを示すもので、何十年も前の出来事を現在の建物と比較できるのが特徴です。洪水のたびに水位を記録してきたことからも、住民が川の変化を身近な問題として捉え、次の増水に備えていた様子がうかがえます。
2025年10月末には、ベトナム中部を襲った大雨によってトゥボン川の水位が上昇し、ホイアン旧市街が広範囲にわたって浸水しました。10月30日にはタンキーの家の1階で床から約2.5mまで水が達し、1999年の記録を約60cm上回る高さになりました。それでも1964年の水位よりは約50cm低く、過去にはさらに大きな洪水があったことがわかります。同じ時期にはフーンフンの家でも1階が約1.2m浸水し、住民は家具や生活用品を高い場所に移して対応しました。タンキーの家では、この年の水位も新たな記録として残されています。何世代にもわたって維持されてきた建物に、2025年の洪水の痕跡が加わったことになります。観光客が見学する歴史的な住宅でありながら、そこには現在進行形の生活があり、川とともに暮らす町の特徴が表れています。

古民家を訪れる際の見どころ
ホイアン旧市街で古民家を見学する際には、フーンフンの家とタンキーの家を訪れると、それぞれの建築上の特徴を比較できます。フーンフンの家では、2階の床に設けられた穴のほか、木製の柱や梁、中国風の装飾、古い商家に残された家具などが見どころです。特に建物の上階は、道路に面した1階とは異なる造りになっており、木材を組み合わせた構造や採光の工夫にも目を向けてみてください。一方、タンキーの家では、狭い間口から建物の奥まで続く間取りと、川側にも出入口が設けられた構造が特徴です。内部には中国や日本の影響を受けた装飾や調度品が残されており、かつての貿易港で商人たちが暮らしていた時代の面影を感じられます。壁に記された歴代の洪水の水位も、この建物ならではの見どころでしょう。
両家は日本橋や福建会館などと同じ旧市街の歴史地区にあり、徒歩で見学できます。古民家の内部は現在も所有者や管理者によって大切に保存されているため、公開されている範囲で見学し、写真を撮影する際には現地の案内に従ってください。また、ホイアンには一般公開されている建物以外にも、古くから住民が暮らし続けている住宅があります。通りからは黄色い壁や木製の扉が並ぶ美しい町並みに見えますが、それぞれの建物には商業活動や家族の生活に合わせた構造が残されています。世界遺産ホイアンの古民家は、単に古い建物を保存しているだけではなく、国際貿易港として発展してきた町の歴史と、何世代にもわたって受け継がれてきた生活文化を今に伝える存在なのです。


