ホイアン日本橋の両端には2つの像が安置されています。
実はこれは「犬」と「猿」であり、橋の成立背景や当時の信仰、都市観を考えるうえで重要な意味を持っています。
ホイアン旧市街の象徴として知られるホイアン日本橋(来遠橋)は、16世紀末から17世紀初頭にかけて、日本人町の人々によって架けられたと伝えられています。この橋の入口部分には、他のベトナムの橋ではあまり見られない特徴として、動物の像が1体ずつ安置されています。それが犬と猿の像です。

謎が多い犬猿の像、サル年に建設がはじまり、イヌ年に完成した?
この2つの像について最もよく知られているのが、干支に基づく説です。橋の建設が申(サル)年に始まり、戌(イヌ)年に完成したため、その始まりと終わりを象徴する動物として猿と犬が選ばれた、という説があります。当時の東アジア世界では、干支は単なる暦ではなく、時間や運命、物事の区切りを表す重要な概念でした。そのため、大きな公共事業の節目を干支で示すという発想は、決して不自然なものではありません。
実際、干支を調べてみますと、申年は1596年、日本橋が完成した年が1598年だといわれていますが、驚くことにその年は戌年でした。
一方で、この説は後世つけられた解釈の可能性もあり、確証のある歴史事実とは言い切れない部分もあります。ただし、現在ではこの説明がもっとも広く知られ、観光案内などでも一般的に紹介されています。

2つの像は橋を守護している!?
もう一つ有力な考え方が、犬と猿を守護的存在、いわゆる魔除けとして捉える説です。日本や中国、ベトナムを含む東アジアの文化圏では、特定の動物が災厄を防ぐ力を持つと信じられてきました。犬は忠誠心や警戒心の象徴であり、外敵や悪いものを追い払う存在と考えられてきました。一方、猿は知恵や機転、霊的な力と結び付けられることが多く、境界を守る存在として扱われることがあります。
日本橋は、かつて日本人町と中国人町を結ぶ場所に架けられており、異なる文化や人々が交差する境界線でもありました。そのため、橋の両端に守護的な動物像を置くことで、町や人々を守ろうとしたという解釈は、都市の構造や当時の信仰を考えると非常に自然です。
さらに、日本橋の像が犬と猿である点は、日本の神社建築との共通性を指摘されることもあります。日本の神社では、狛犬が入口に置かれることが一般的ですが、これは聖域と俗世の境界を守る役割を担っています。ホイアン日本橋においても、犬と猿が橋の出入口に配置されている点は、境界を意識した思想と重なる部分があります。ただし、狛犬と完全に同一視できるわけではなく、あくまで文化的影響の可能性として語られるものです。


素朴な犬と猿が並んでいるのが趣がある
現在、日本橋を訪れると、犬と猿の像はやや素朴で、どこか愛嬌のある表情をしています。観光客の中には、その意味を知らずに写真を撮る人も多いですが、この2体の像は単なる装飾ではなく、当時の人々の時間感覚、信仰、町の成り立ちを静かに伝える存在です。
まとめると、ホイアン日本橋の2つの像は犬と猿であり、干支による建設の節目を表すという説と、橋や町を守る守護的存在とする説が知られています。どちらも確定的な史料による裏付けはありませんが、複数の文化が交差したホイアンという土地の歴史を考えると、非常に示唆に富んだ象徴と言えます。日本橋を訪れる際には、ぜひこの犬と猿の像にも目を向け、その背景にある物語を感じてみてください。

