ベトナムを旅していて、ふと気づくことがあります。「ダナンやホイアンで、なぜ麺料理がこうも違うのだろう」と。
ダナンからホイアンへ、車でわずか40分。それだけで麺がまるで別物になります。北部のフォーのように全国区でもなく、南部のように大雑把に統一されているわけでもない。中部の麺は、町ごとに顔が違います。ミークアン、カオラウ、ブンボーフエ——有名どころだけでもこれだけあり、さらにその下には名前すら知られていないローカル麺がいくつも潜んでいます。
なぜ、中部だけがこんなに豊かなのでしょうか。地形、歴史、気候、文化——いくつもの理由が重なって、この豊かさは生まれています。

山と海が町を分け、それぞれの味を育てた
ベトナム中部の地図を眺めると、その細さに驚きます。背後にアンナン山脈、目の前に南シナ海。平野はほとんどなく、町と町の間は山か海で自然に切り断たれています。
この地形が、食文化を守りました。北部や南部なら、料理は広い平野を伝って均一化されやすい。でも中部では、隣町に行くだけで別の文化圏に入ってしまいます。人の行き来が限られると、料理も自然と「その土地だけの味」に深化していきます。ダナンとホイアンが40分の距離なのに料理がまるで違うのは、偶然ではありません。地形がそうさせたのです。
そしてこの地域は、気候も厳しい場所です。台風の通り道になりやすく、乾季と雨季の差が極端で、農作物の収穫は安定しません。だから米粉を乾燥させて保存できる麺が重宝され、辛味や塩気の強い味付けが根づいていきました。ブンボーフエのパンチのある味も、フエの人々の好みというより、この土地の気候と生活が積み重なって生まれた必然だったのかもしれません。過酷な環境が、中部の麺を力強くしたのです。

王宮の都・フエが、麺に「品」を与えた
中部の食文化を語るとき、フエは外せません。19世紀、ここに阮朝の王宮が置かれ、宮廷料理が高度に発達しました。料理人たちは香り、盛り付け、味のバランスにとことんこだわり、料理を一種の芸術にまで高めていきました。その影響はやがて庶民の食卓にも滲み出て、麺料理にも独特の繊細さと複雑さが加わっていったのです。
ブンボーフエを一口すすると、それがよくわかります。レモングラスの清涼感、唐辛子オイルのじわじわとした辛さ、牛骨からじっくりと取った重厚なコク——何層にも重なる味の構造は、他の地域の麺にはなかなかありません。屋台で食べる庶民の麺なのに、どこか格調がある。それは宮廷文化が確かに息づいているからだと思います。
フエを訪れたら、ぜひ朝のブンボーフエを試してみてください。地元の人たちが路上の小さな椅子に腰を下ろし、朝靄の中でスープをすする光景は、それだけで旅の記憶に残ります。観光地化されたレストランではなく、地元の人が並ぶ路地裏の食堂で食べるのがおすすめです。

ホイアンは、世界の食文化が混ざり合った港だった
16〜17世紀、ホイアンは東南アジア屈指の国際貿易港でした。日本人、中国人、ポルトガル人、インド人——さまざまな商人が往来し、異なる食文化が混ざり合いました。その痕跡が、今も料理の中に残っています。
カオラウは、その象徴のような一皿です。もちもちとした太い麺に、揚げたクルトン、豚肉、香草をのせて食べます。麺のコシの強さは日本のうどんに似ているとも言われ、日本人商人の影響という説もあります。証明はされていませんが、そういう「由来の謎」がある料理は、食べるたびに想像が膨らんで楽しいものです。
さらに面白いのは、このカオラウ、ホイアン旧市街にある特定の井戸の水でなければ本物の味が出ない、と言われていることです。どこまで本当かはわかりません。でも、そういう「場所にしか存在しない理由」を持つ料理は、それだけでわざわざ足を運ぶ価値があります。ホイアンのカオラウは、ホイアンでしか食べられない。それが旅の醍醐味です。
チャム族の文化が色濃く残る南中部では、スパイスや香草の使い方がまたひと味違います。中部を南北に移動するだけで、麺の表情がどんどん変わっていく。その変化を追いかけるだけで、一つの旅のテーマになります。

路地裏の小さな食堂が、今も味を守っている
中部は大都市化が比較的ゆっくり進んだ地域です。今も家族経営の小さな食堂が多く、「うちの味」を何十年も守り続けている店が珍しくありません。チェーン店では絶対に出せない、その家だけの味があります。
ホイアンの路地裏をぶらぶら歩くと、観光客向けではない、地元のおばちゃんが毎朝作るカオラウに出会えます。ダナンでは、ミークアンの麺幅や具材が店ごとに微妙に違い、代々受け継がれた「うちのアレンジ」がそのまま残っています。大都市なら効率化で消えてしまうような細かい違いが、中部では生き残っているのです。
麺の社会的な立場まで、町によって異なるのも興味深いところです。ダナンではミークアンは「毎朝食べる普通のもの」ですが、フエのブンボーフエは「少し手間のかかる特別な料理」という位置づけで食べられることが多い。王朝の都として歩んだフエ、港湾都市として近代化したダナン、交易の拠点だったホイアン——それぞれの歴史が、そのまま「麺の哲学」として表れているようです。
ダナンでミークアンを食べ、ホイアンでカオラウを食べ、フエでブンボーフエを食べる。たった数日の旅でも、それだけで中部の歴史と文化の輪郭が見えてきます。スープを一口飲み干すたびに、その町のことが少しだけわかる気がする。そういう旅の楽しみ方が、ベトナム中部にはあります。


